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悪を受け入れないと成功はできないということ。

分裂勘違い君劇場 - なんでも悲観的に考える人と、なんでも努力すれば何とかなるという人

<てるや>
上のリンク先の内容を友人から問いかけられたので答えた。
メールは基本的にここでさらすつもりだったので、自分の意見だけ書く。毎度の妄想哲学(°~°)

「究極的には生きてる意味がない」ってある。
確かに意味なんてわからない。
やっぱり楽しければいい。
でも、意味がないってきちんとわかりきったら、やさしくも強くもなれるさ。
そこまでわかってたら意味のない事に意味を見出すのが凄い感動的だと思える。

勘違い君の背景哲学は(最近自分に少しコピーできてきたw)
「世間で騒がれてるところの逆も真なのだから、
そこを極論で突いて、いったん読者の目を覚まさせたところで
結論を現実的な厳しいところに落とし込む。」

世間一般的には、現実的なリアルな厳しさのほうが納得して実感できるから大きく共感を呼ぶ。
間違った意見ではないけど、一種の洗脳手法。
もちろん僕はそれで騙されて楽しんでるが、
答えはそれだけじゃない。

「結論が先にあって、その結論へ持っていくための後付の理屈の塊」

これは目標達成というか、成功原理、失敗原理そのもの。
つまり、最初に「どうやったらここから成功するか?」で考えるか
「夢見ても失敗するに決まってる。それはたぶん、、、」で考えるかの違い。
考え浮かんだら、それぞれ成功と失敗に向かって行動につなげる。
意識してなくても潜在意識に失敗イメージがあれば、成功で頑張ったつもりがやはり失敗する

そして多くの自己啓発本で「人は自分が思うようになる」といわれるやつもこれだ。
かといってそれを読むような人は、人生うまくいってないから読んでるのに
潜在意識の心の底から自分は金持ちになれると信じきれる人がいるわけない
(つまり、あのたぐいの本は成功し始めてる人か、いつか成功しはじめたときに初めて役に立つ)

この場合小さな成功体験を積み重ねていくほうが結局成功原理を信じやすくなる。
(逆に言えば失敗を重ねるほど、失敗原理に引き込まれる

もひとつ、他人の失敗からも多くの成功原理を学べる。
第3者でみる方が一番わかりやすい。
そう考えるとダメな奴が会社にいるのはとても周りの成功に役立つ。
(本人はどんどん失敗原理に引き込まれるがw)


自分自身を肯定するなら、人間の欲望(悪といわれるもの)もまるごと肯定するべきだ。
それは完全な「オプティミズム」
中途半端な肯定人間だと勘違い君がいうように確かにどこかで悪影響を及ぼしかねない。
自分だけを肯定して自分だけ成功しても、回りに悪影響を及ぼし自分がつぶされることもある。
どこかの部署がうまくいっても、それが会社として損する事もある。
会社がうまくいっても、それが業界のためにはならなかったり
業界が成功しても日本という国が大きく損をするかもしれない。
日本がうまくいっても、世界だ。。

だから全てを肯定して受け入れる。
思ったようなところに考えが進むのだったら、善も悪も「オールOK」の方向で考える。
自分も仲間も部署も会社も業界も日本も世界もみんなで得をする。
資本やパイの奪い合いではない。新しい物(市場)を共同で作り上げていく。
(インターネットのようにね)
悪いものすら全肯定で受け入れる。
これは自分が意識できない潜在意識にある失敗イメージを消す唯一の方法だ。
悪がなければ失敗もない。

他人の自殺だって受け入れられる。
(↑自殺する人とか考えられないとか言われたのでそれをうけて)
死んでいく過程はよく分かる。
俺もそういう環境で育ち、そういう境遇に陥ればやはり自殺するのだろう。
そして、逆も真なのだから、自殺が悪いとか、迷惑だとか、
非道徳だとか、残されたものを考えたのかとか、
意外とそうでないこともまた真実なのだ。

倫理で考えれば世界ではもっととんでもないことが毎日、
現在進行形で、しかも間接的に俺も加担して起こっている。
自殺者がでるのはむしろ自然なことだし、倫理の上で人がそれをどうこういうのはうぬぼれだ。
子供が死ぬのも売春されるのも、貧困国がずっとそうあり続けるのも
ちゃんとはっきりとした明確な理由がある。
究極の「オプティミズム」ならそれも自然と受け入れられるし、
善悪抜きで、解決する方向を考えれる。
が、、、しかし、、解決するという「オプティミズム」は、あくまで「人類」を頂点とした考えであって
やはり地球の共存とはいかないかもしれない。。。究極はそのさらに上だ。。

誰かが分けた善悪を共に全て受け入れる。それは
中国の陰陽。中庸の思想。タオ。汝の隣人を愛せよ。罪を憎んで人を憎まず。
神は無条件で愛を与え続けてる。
神は全てを許している。
結局、老子だの、キリストだの、ブッタだのと同じ結論にたどり着く。

何かを悪い出来事と捉え、誰かを悪い奴と考える事自体が、すでに傲慢なのだ。
人を殺す事以上の悪事もすべて許されるはずの罪。
どこからでも子供のような曇りのない目で、
みんなで歌と笑いと愛を謳歌する方法を考えたらいい。
少なくとも自分の影響する周りだけでそれを達成するのはたやすい。
成功者とはそういうものだ。
だから一般人からみると大きな黒い影をまとったように見える。
世の中がそうやって曇って見えるのは自分を正義の側に置きたいと言う矮小さが原点にある。

悪を認めない中途半端なオプティミズムで正義感を言う人には
この質問にちゃんと答えられないんじゃないだろうか?

「今現在、3人の飢えて病気で哀れに死んでいく子供達がいます。
あなたは100円の寄付でこの3人の子供の命を助けることができます。
でも、悪いその国の政府が寄付をちょろまかし、実際は1人しか助けられません。
それでも1人は確実に助かります。
さて、あなたは自動販売機のジュースやら、外食、コンビニ、車、洋服、自分の趣味に使うお金。
そういったものを給料や貯金からどこまで削って、この幼い命を助けようと思いますか?
もしくは、自分のためならどこまでその子供を見殺しにしてOKだと思いますか?」




もちろん哀れ、かわいそうと考える時点でそいつは傲慢だ。
人間の欲望、善悪飲み込んで肯定しないと真実は見えない。


そんな偉そうなことをいうお前は何者かって?
ただの負け組みニートです(TωT)/~~~
こんな負け組みの意見なんか真に受けちゃだめよw


参考記事:My Life Between Silicon Valley and Japan - 悲観主義とオプティミズム
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  3. 2007/03/04
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コメント

<たっく> 

自分で言うなw
まあ負け組中にあれこれ成功論を書いてもなかなか信頼されないかもね~。
てるやが成功した時にようやく意味を成す。
ということでがんばれ^^
  1. #2NZBXl8Y
  2. [編集] |
  3. 2007/03/05
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