あるSEとゲーマーの四方山話 [RSS]

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漫画日記6

<てるやん>
「表現者は、しゃべってはいけない!」
と、明日の改善点。
5回目アップ
漫画の聖地-未来の大先生の漫画


マウスホイール対応><!
(ウィンドウズのみだけど)
アクションスクリプトなんか知らないから
これ調べるのにえらい時間かかった。。

▽表現者は他でしゃべってはいけない!


ところで、ここでブログを書くのと向こうで漫画を描くというのは
本当はよくない。
表現者は、他のメディアで表現してはいけない!
背景が透けて見えるからだ。


今は4コマギャグ?だからいいけど、
これがいつかシリアスストーリーになった場合、
このブログで発言したようなセリフが出てくることもあるだろう。
そうしたら覚める。
読者は現実に戻される。
もちろん、そう思わせない強い感情表現は入れなきゃいけないのだが
やはり同じセリフを言ってるという既視感はぬぐえず、説得力をもたない。
最初から攻略本を見ながら、アドベンチャーゲームをやってるようなものだ。
答えを知ってる推理小説をどう楽しめと?


だから庵野監督は寡黙だし、インタビューにはいい加減にしか答えない。
(時折挑発的なことを言うけど、、、もしかしてマスコミが誇張してるだけかもしれんが)
飯野賢治は、批判しすぎで失脚することになる。
映画監督が他の映画を批判しても、薄ら寒いだけだ。


▽向こうからこっちへは秘密ですw

だから、「漫画サイト」から「あるSE」へはリンクを貼らない。
「漫画サイト」だけを見つけた人は、漫画自体を楽しむ。
「あるSE」から「漫画サイト」を見る読者は、漫画ではなく作者の成功物語を楽しむ。
そういうすみわけでいこうとおもう。

そもそも、向こうからここを発見することは難しいし、
発見したところで、こういった文章を読む人は多くない。
ゆえにこのバランスはベストだろう。


▽批判精神があったら、スタートできない

気をつけるのは誰の批判もしないこと。
それは、自分自身さえも批判してしまい、スタートできない、とりかかれない
批判することは全てタブーとなり、
発想がせばまる。
壁が高くなる。
自分で自分を縛ることになる。

いわゆるスランプにおちいる人というのは、
批判精神が強いことに理由があると思う。
批判するから、自分が自由にできなくなるのだ。


▽成功者やお金持ちとなって妬まれたくない


これは成功者を妬む人が、成功できず、
お金持ちを妬む人が、お金持ちになれないのも同じ理由だと思う。

成功者を妬んだり、お金持ちを妬んだりする人は、
成功者になって妬まれるのが嫌で、
お金持ちになって妬まれるのが嫌だから、
絶対になれないのだ。
だって胸が痛いほど妬む人の気持ちを知ってるのだから。
成功者やお金持ちになることは恥ずかしいことなのだから。


▽他人の真似をせず、自分のこだわりをこだわりぬいて、生きる。


そういう人に残された道はたったひとつ。
自分が批判しない、批判できないこだわりの一本道。
1ミリでもはみ出してはいけない、平均台のような道。
強い風も吹けば、前後にはたくさんの人が恐る恐る渡り歩いてる。
そこを強い意志と精神力で貫けば、最後に報われる、、、はず。

他の人のやり方や技術をパクリまくってる
GoogleやAppleやMicrosoftや任天堂みたいな成功者からしたら、
なんでそんな苦難の道を選ぶのかまったく不思議だろうけど
それはその人たちの正義なのだ。

もし僕が他人をひどく批判するような人だったら、
とても自分の未熟な漫画は恥ずかしすぎて
一生スタートすることはできなかっただろう。


▽都合の良い組み合わせを発見するコツ

逆に考えると自分が自由になるためには、他人を肯定したらいい。
肯定した分だけ、自分自身を許せる領域が広がり
自分自身が踏み出せる領域が広がる。
誰も間違ってない、みんなが正しいとすれば、
それを成立させる物凄い都合のいいアイディアを考えざるをえない、
許せない、あいつが悪いという思いが増えるほど、
Win-Winという選択肢がまずなくなり、
自分の選択肢はさらにせばまり、踏み出せる領域もせばまり、
がんじがらめにおちいっていく。

、、、とか言うようなことをさあ、、今後、漫画のどこかで間単に語ったとしたら、
今読んだから覚めちゃうじゃないw


ネタは全部漫画に入れるべきなんだけど、
それじゃ出力しきれない(漫画のほうが何倍も手間かかる)し
出力しないと、次のネタは出てこないし、
結構ジレンマだよねえ。


まあ、、、
ブログは語るところ
漫画は楽しむところ
でOKかな?w




明日の改善点

だいたいまあ、、骨組みは今の感じかな?


▽「透過Gif対応のペイントソフトを探そう」

背景を描くつもりもないのだが、
キャラの重なりとかちょい変だ。
透過Gifとか使わないといけない。

でもツールやコンバートを増やすと、
作業量が掛け算されるのでそれはさけたい。
直接Gifが書けるペイントソフトで
速い(作業減らせる)やつを探さないといけないな。。。



▽「都合のいい独自表現方法の模索」

漫画というのは、あまりに過当競争なので連載で食っていける
ヒット作家とかは割と少ないようだ。
昔からの大御所は今も人気で連載を続けてたりする。

自分独自の絵柄を持ってる人は他の漫画家と差別化できて強いだろう。
それは結局量をこなしてこそだろうけど、
研究の余地がありそうだ。

例えば「サウスパーク」(あれもフラッシュアニメか?)などが良い例なのだが
すごいシンプルで独自の絵柄を獲得した。

ああいうかんじで、さらに魅力的な絵を!
「シンプルにコストが安く描けて」
「独自の絵柄で」
「しかも魅力的な絵」、、、、、

また、都合のいいことばかりww


▽「フラッシュに慣れる」

とにかく、フラッシュソフトに慣れることだな。
使い方覚えるほど速くなっていくようだし。
しばらくは、改善点なんて考えなくても
これ使ってるだけで、どんどん加速していくだろう。
荒が見えすぎだからw


今日の得点200点
いい感じに骨組みができた。
念願の、マウスホイールにも対応できたし(念願という割りに早かったなw)
ムービークリップの基本的な使い方もわかった。


累計840点
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  3. 2007/04/18
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コメント

<正人> 

 俺は、ハッピーエンドが好きだ。だっていいじゃん! しかーーしきっと、そういう映画監督や漫画家は売れない。仕事と趣味の違いはなにか。それは、お金が絡むということかな。つまり、思考すればいいというだけじゃだめ。世間の皆様が納得するようなものじゃないといけない。

 つまり


      プロは


           売れそうな物を作る。


 売るためには、作者の好みはあまり入れないほうがいいかもしれない。プロは仕事と割り切ることが大切かもと思う。だからアンハッピーエンドが作れないといけない。
  1. #saqCtuag
  2. [編集] |
  3. 2007/04/18

<hamasta> 

>向こうからこっちへは秘密
これはわかるなぁ。片道リンクだからこその面白さ。。


さて、PCが普及して、表現の手段は昔より格段に広がりましたね。
でも、どんな表現の手段をとったとしても、
ヒットした作品に共通しているもの。
それは、、、

もちろん、とびきり魅力的なキャラクターの存在です。
ミッキーやのらくろや鉄腕アトムの時代から、これは変わりません。

特に大ヒットした漫画だと、ファンは作品中の好きなキャラクターになりきって
「好きなキャラが言いそうなセリフ」を考えたりもしますよね。
優れたクリエイターさんは、キャラごとに個性をつけるのがとても上手に思います。どんな脇役にも、個性をしっかりとつけていきます。

人気少女漫画「Nana」の作者の人は、確か漫画の巻末か何かで、
登場人物のキャラ付けについて語っていたことがあったような、、、

どうやら、完全に脳内でキャラごとに複数の人格が存在して、次々にセリフを生み出していくような状態になるらしいのです。

つまりですね、私のような一般人は、漫画家が漫画をつくるときに
「先におおまかなストーリーがあって、そのあとで登場人物のセリフをつけていくのだろう」と思いますが、どうやらそれはちょっと違うみたいなのです。

先にキャラクター達の人格が作家の脳内で完成されて、
あとはキャラ同士がガンガン喋りだす(作家の脳内で)ような状態というのが存在するらしいのです。

このあたりの話は、一度自分の好きな漫画家さんに聞いてみたいと思っているのですが、、、

プロと素人の間では、こんな感じで決定的に思考プロセスが違ったりするのかもしれませんね。

※かえるの開発工房というblogで、「オブジェクト思考」という話題がありましたが、まさにそういうレベルでの発想の転換だと思いました。


  1. #Zu6GYWc2
  2. [編集] |
  3. 2007/04/18

<てるやん> 

>プロは売れそうな物を作る。

どのメディアでも、「”いい作品と”売れる作品”は違う」といわれる。
通からしたら”なんでこんなものが?”
と思われるようなものが、トップランキングを占める。

理由は2つあって、

1、「LVの高い作品は、LVの高いお客さんにしか届かない(読み取れない)」
2、「真実や本質を描いた作品は、当たり前の結論、超基本的なことにしかたどりつかないので面白くない」


こういった作品はアカデミー賞は取れても、興行成績が取れない。
だから、
「嘘と誇張でひたすら話を膨らまして」
「それをいかにも真実っぽく塗り固めて」
「少し手を抜いてわかりやすいようにLVを下げる」

というのが、プロのお仕事。


>売るためには、作者の好みはあまり入れないほうがいいかもしれない。
テーマやメッセージ性としてはそのとおりだと思う。

「テーマを語る。メッセージを伝える」というのは、
説教くさくなってよくない。
それは作家の主義主張であり、
受け入れられるお客さんは狭くなる。
お客さんは説教を聴きに来たわけではなく、
作品を楽しみに来たわけだから
自分で好きなように読み取りたい。
又は、そう思わせるようなつくりでないといけない。
強制ではなく、自分で選択したというような、
安全の枠組みでの自由さがないと息苦しいのだ。


、、、そうか、、そういう意味では俺は
ブログでどんな説教をしゃべってもいいわけだ。
漫画でこんなことを語るわけはないし、
メッセージネタを使うとしても
あくまで盛り上がりとか、演出上のネタでしかなく
メッセージどおりにことが運ぶかどうかとかは
結局コントロールの効かないキャラクターが
どこにもっていくのかは作ってる側もわからない。


”売れない良い作品”はあえて作る必要がないと思う。
そういった本質めいたことは、みんなわかってるから需要がない。
さらに、本質は厳しいから向き合いたくもない。

みんなわかってるのだから、エンターテイメントというのは
人生という虚構の中で
歌って踊って、笑って感動して、愛して、、、
ってのを楽しむのが自然なんだろう、きっと。
  1. #XCrtMn7Q
  2. [編集] |
  3. 2007/04/18

<てるやん> 

>先にキャラクター達の人格が作家の脳内で完成されて、
あとはキャラ同士がガンガン喋りだす(作家の脳内で)ような状態というのが存在するらしい

あ、これはよくわかります。
僕なりの表現でいうと、まだ5回目の4コマですけど、
最初っからあの2人は僕がセリフを考えてないですから。

でも、まったくキャラクターの人格設定とかはしてないんです。
それでも適当に顔と体を描いただけで、勝手に喋ります。

「面白い」を基準にコマを観察すると、
キャラクターが勝手にその世界で調和して、安定しようとするんですよ。
一人しかいなければ、一人でその世界が完結するように
自らバランスを取ろうとして動き出す。

メイドさんはキャラ設定さえなかったので、
急遽キャラクターをすでに持ってる、僕を呼びよせました。
僕はすでにキャラクターとして確立してるところはあるので
メイドさんは、僕を中心に「対」となるようなところへ
勝手に成長します。

一人では安定しない。ドラマにならないと思ったら、
新しいキャラクターを要求します。
新しいキャラクターは、メイドさんでも僕でもない
もうひとつ違った「対」となって出てきます。

これも人格設定やセリフがなくても、
僕とメイドさんに対する安定した居場所を自らつくり
自動的に人格ができあがっていきます。
空いてる場所だったらどこに収まってもいいので、
ゆえに、あの2人は僕が何もしなくても
勝手にああなったという感じです。

物体が自ら安定した形を保とうとするように、
水の表面張力のように
物語の登場人物たちも、
自分たちの世界を安定させようと勝手に動き出します。

勝手に動くキャラに対して作者ができることといったら、
「新しい遺伝子(キャラ)を放り込むこと」
「事件を起こして物語を誘導すること」
ぐらいでしょう。

キャラクターのかっこいいところが見たい!
感動させたい!
とすれば、キャラクターは直接動かせませんから
そういう反応を取らざるをえないような、
事件を起こすしかないです。
そこへ誘導するよう細かい世界のルールを設定していきます。

キャラクター達は、本質的に自由に動きますが
神(作者)が決めたルールや事件に抗うのが精一杯なので
どうにか誘導できる。
誘導に失敗しても、面白ければOK!、という結果にもなります。

自分の意思で自由に生きてると2次元のキャラクターが錯覚してるのと
僕たち3次元の人間が自分の意思で自由に生きてると錯覚してるのは
本質的には同じことなのでしょう。

、、、なんかだんだん危ない方向に話がいってる気がww


こうなると、キャラクターと対になるキャラや舞台が
どんどん出てきて、木の枝葉のように世界が拡張していきます。
困るのは、でかくなった木を切るとき、、、
連載物を感動の大円団で終わらせようとするときです。
世界はそう簡単にたためないぐらい広がってます。
作者がエンディングを設定しても、
キャラクターを自由にさせたままだと、なかなかそこへはたどり着けません。

今思いつく策は3つ、
「なんとかそこへキャラクターを誘導させる絶対的なアイディアを産み出す」
「キャラクターの自由を奪い、ご都合主義で終わらす」
「最初からルールをがんじがらめに設定して、
話を最初から最後まで先に作っておく」ことでしょうか。

キャラクターをうまく誘導できるならそれにこしたことはありません。
キャラクターの自由を奪えば、
キャラは死んだ俳優に成り下がります。
「最初からきっちりルールを作り上げて、
最後まで話を決めてから描き出す」
ってのは、「カイジ」とかがいい例なんですが、
他にも放送回数の決まってるTVドラマや、
映画なんかもそうですね。
原作物を時間の決まってるTVや映画にきっちり収めようとすると
またすごく難しいんですがw

連載漫画だと、
主人公が死んではいけなかったり、
表現の規制があったり
キャラたちが世界を安定しようとして
どんどん面白くなくなっていったり、
それに対して、作者がどんどん複線や事件を放り込んでは
収集が付かなくなったり、
キャラを強制コントロールしようとして、
死んだ俳優になってしまったり、
そういうところで作り続ける苦しみがあるのかと思います。

コントロールしない、、ってのが一番の解決策なんですが、
そうもいってられない大人の事情があるんでしょうねえ^^;
  1. #XCrtMn7Q
  2. [編集] |
  3. 2007/04/18

<hamasta> 

>適当に顔と体を描いただけで、勝手に喋ります

これは凄い。やはり思考回路が違います、絶対に。

>今思いつく策は3つ

これを見てると、なんだかソフトウェア開発における
ウォーターフォールとかアジャイルとかのせめぎあいと
同じに見える。。

多分1つの正解があるわけでは無くて、
自分がベストだと信じたやり方を選択するのが良いのでしょう。

例えば連載もので、物語が佳境に入ったところで、
「実はこの二人はかつて・・・」みたいに昔の小話を挟むテクニックはよく見かけますが、
これもオブジェクト指向での関数の遅延評価と似ているような気がするし、、、

キャラ=オブジェクト
基本設定=プロパティ
テクニック=関数
みたいな。

>表現の規制があったり~

人間が現実世界の真実をあまり見たくないのと一緒で、漫画のキャラもキャラになりきってこそか。


  1. #Zu6GYWc2
  2. [編集] |
  3. 2007/04/18
なまえ:


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