会社に人生を捧げている人は幸せか?
100人を50人づつの2グループに分ける。
仮にA、Bグループとする。
この両グループに全く同じ仕事をやってもらう。
仕事内容は誰の目から見ても明らかに単調で退屈な仕事。
Aグループには高収入を支払い、Bグループには低賃金を支払う。
報酬は前もって金額を告げられている。
そして最後にアンケートを取る。
「この仕事に対する感想は?」
結果として高収入を貰ったAグループはほとんどの人間が「つまらない」「二度とやりたくない」などの否定的な内容だった。
しかし低賃金で働かされたBグループは「やりがいを感じた」「みなでやり遂げた達成感が大きかった」などの肯定的な内容がほとんどだった。
<てるやん> なんだこれ?
「社長さんぜひ給料安くしてください」ってことか?w
これを極端に言えば1円にもならないボランティアは精神的満足が高くて
ホストやホステスは、仕事に対する精神的満足度が低いと?
じゃあ、ホストに高給でボランティアの作業させて
ボランティアの人に1円にもならないホストをさせると、、
やっぱり高給は満足しないで、
1円にもならないほうが満足しそうだなww
▽会社に人生ささげて幸せそうな人たち そういえば、任天堂の山内社長は
「給料は上げれない、その代わり最高の開発環境を用意しよう」というタイプだったし
未来工業の山田社長も
「給料はどこまで上げても満足しない。その代わり休みを増やそう。遊びに行こう」
Googleの給与システムはしらないけど
「食事は無料、ジム、娯楽施設、医療も完備、仕事は君たちが決めていい(語弊アリ)」
社員の満足度が高く、そのうえ高収益な会社というのは
給与以外で重要感を満たせる会社なのか?
▽給与がそのままだと文句いうし、上げても文句いうしw つまり、凄い成果を出した人に対して会社から全然たいした見返りもないとすると
腐って仕事をしなくなるわけで。
じゃあ、ちゃんと成果主義で給与をアップさせたとすると
自分が貢献してるという満足感が相対的に減り
仕事で失敗したり、給与に対して能力が応えられないときは、
むしろ威張りちらしてごまかすようになるわけで。
どうしたらいいんだ?w
ちなみに、未来工業とGoogleの社員が言った共通の言葉は
「会社にこれだけしてもらったら、会社に対してなにかせずにはいられない」でした。
彼らが行ってる、重要感を満たしたうえで、モチベーションを維持させる秘訣は、、、
「グーグルというのはどんな会社かね?」「はい、わが社と違って賢いプロジェクトが選ばれる会社でございます。」 - あるSEとゲーマーの四方山話
未来工業研究結果 - あるSEとゲーマーの四方山話
もうちょっと視点を変えてみようか。
たしかここで昔読んだ
「プラスアルファの魔法」という論理がある。
報酬以上に仕事をすれば、2重の喜びを得られる。
報酬に対して普通の仕事しかしない人より給料が高くなることと。
精神的満足感だ。 つまり、給料以上に仕事すれば当然上司にかわいがられるし
それだけ出世も早くなる。
他人に認められるのは人間の本能的な自己重要感を満たしてくれるし
自分が自分のことを認めることにもなる。
このナポレオンヒルの本で出てくる偉人達は、ほぼそのパターンが多い。
必要以上に何かをやっていたら、常に目に留められどんどんチャンスが転がってきます。
(秀吉タイプ?)
もちろん中にはどれだけ成果を上げても給料アップしない会社もあるでしょう。
本では、そこで腐らずにどこまでもやり続けてたら
「ヘッドハンティング」されるか「昇進」するしかないという話でした。
▽そんな成功哲学はともかく、 (”それはアメリカだからだろ”ってツッコミが聞こえるw)
つまり、給料の高い低いじゃなくて結果として
「他人から何かを与えられた(給料高すぎ)」という現象は
与えられる弱い立場の発想であって
「他人に何かを与えた(給料以上に働いた)」という現象は
与えることができる強い側の発想なんだと思う。
だから与えられる卑しい感覚に襲われるのは
「給料以下の仕事しかしない人」であって、もうそれは必至に自己弁護(と自己否定)する。
そして、与える尊い立場に立ってる感覚に満足するのは
「給料以上の仕事をする人」▽募金とかします? そういえば、いろんな成功哲学書に
「成功する人は、自分が貧乏なときから富の数%を寄付する不思議な風習がある」
みたいに書かれてますが、
(もちろん実測値不明w)
無意識のうちに、与える側、、
精神的プライドを高いところに置く暗示効果があるのかもしれませんね。
2chやニコニコ動画、YouTubeに
1円にもならない神作品をアップする職人たちも
たくさんの反響を得られることで満足感になるということかな。
▽ボランティアは偽善だ! ボランティアは上に上がる努力はしないで、下へ、給与0という絶対値まで敷居を下げて
強制的に「与える側」に回ることで自己満足に浸ってるだけだと揶揄されることがありますが、
もし物事に善悪がないなら、偽善者になることこそが最高の幸せ者かもしれませんね。
(別に嫌味じゃなくて、素直にそう思う)
それじゃ結論は、自分の最大限の能力を発揮して
期待以上のものを与える人こそが最大の幸せ者である。
という、最高に偽善的なセリフで締めたいと思います(〃 ̄▽ ̄〃)
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- |2007/06/19(火)