※1長すぎたので引用の大部分を閉じました。
たぶん、読まなくてもなんとかなるかとw
※2それでも長いのでちょっと書き直しました。(7・18)
女性の心ない言葉の暴力に殺された男たち[鬱文書注意] | 住 太陽のブログ月がでたでた月がでた - 火曜サスペンス劇場 [精神的ブラクラ注意]<てるやん> 上は妻に理論的な話が通じず、口を開けばなぶられるという創作ストーリーと
その夫と妻を逆転した話です。
痛いニュース(ノ∀`):女の論理―“蒸し返し論”
今日のデートでケンカをすると、
なぜか半年前の過ちまで蒸し返して怒り出してしまった彼女。
「あれ、あの件は許してくれたんじゃなかったの?」――
そんな疑問を抱いたことのある男性は多いと思います。
例えば、話題のレストランへ彼女を連れて行ってみたのはいいけれど、
長い行列ができていて、
お店の人から「1時間ほどお待ちいただくことになりますが……」と言われてしまった。
自分としては、スカートにハイヒール姿の彼女を寒空の下で1時間も並ばせるくらいなら、
さっさと違う店へ行って早く温かいものを食べてもらいたいと思う。
もちろん、自分だってハラペコだし、さっさと違う店に行った方がいいと判断した。
それで彼女に、「別の店に行こうか?」といって歩き始めると、
後からついてきた彼女は妙に不機嫌。そして、
「っていうか、前々からあそこに行くって約束してなかった?」……(1)
「え?」
「いっつもそうなんだもん。前もそうだったじゃん」……(2)
「前って何だよ?」
「前に、こういうふうになって、結局いつも行ってる居酒屋でごはん食べたことあったでしょう」……(3)
「はあ? なんでそこでその話が出てくるわけ?」
「もうやだ。私の口の中はもう『イタリアンを食べる!』っていうふうになってたのに」
「じゃあ、1時間並ぶ?」
「もういいよ。並びたくないんでしょ」……(4)
「はあ? わかった。今から戻って並ぼう」
「もういいって、行ったり来たり恥ずかしいもん。結局、ぜんぜんやさしさとかがないんだよね、私に対して」
……(5)
「え? あの店が混んでたのは、オレがやさしくないせいなわけ? ホント、意味わかんないよ」
こっちは実話っぽいですが同じ問題ですね。
こっちを日本語で訳してみましょう。
「最近、”私”への優先順位が低くない?
付き合った頃はそんなんじゃなかったのに、、
私がいて当たり前だとか思ってない?
もっと私を大事にしてよ!
もっと構ってよ!
仕事でもあなたの趣味でもなくて
”私”をあなたの”一番”にして!!」
(ここから”デレ”モード)
「うううん、ほんとは無理なのわかってる。
あなたを束縛したいわけじゃないの。
でも一緒にいる今ぐらいは私を一番にして欲しい。
昔のように扱って欲しい。
私だけ気を張っても、生返事しかかえってこないんじゃあ
わたし、、、わたし、、、」(ちょい涙目)
という訳になる。
(笑うなw)
ここで反論があるはずだ。
自分としては、スカートにハイヒール姿の彼女を寒空の下で1時間も並ばせるくらいなら、
さっさと違う店へ行って早く温かいものを食べてもらいたいと思う。
もちろん、自分だってハラペコだし、さっさと違う店に行った方がいいと判断した。
これは確実に後付の理由だ。
本来の順番はこう。
1、「ハラペコなんで、並びたくない」
2、「つーか、外は寒すぎ」
、
、
、
、
9、「彼女もスカートだしな」
そうじゃないって??
じゃあ、「彼女」を一番にもっていったとしよう。
すると、本来あるべきはずの「言葉」や「行動」はこうなる。
「(寒いだろうし)俺が並んどくから、車かそこの本屋で待ってろよ
順番着たら携帯で呼ぶし」
「俺の上着借りるか?」
”(ちょっと恥ずかしいけど彼女のためだし)互いに寄り添って風を防ごう”
「(スゲー腹減ってるけど前からきたいっていってたし)列長いけど待てる?」
とまあ、優先順位が一番であれば当然の気の利かせ方をしてるはずなのだ。
▽なんでそこまでしなきゃいけないのか? 普段やってないからだよ。
普段できてないからこそ彼女はどんどん理不尽なキレ方をするわけであって
言葉を額面どおりに受け取ってもしかたない。
彼女が本来言いたかったのはその感情のほうであって
それはそれで重たくわがままな言葉にも聞こえるから
あえて「男に合わせて」無理に理論付けた日本語をしゃべってるのである。
もちろん彼女の言いたかったことは一つ
「私を認めて、私を肯定して」
「私を無視しないで、私を軽く扱わないで」(4つじゃんw)
だから、彼女の「言葉」どおりに耳を貸す必要はなくて
ただ彼女をちゃんと見てなかったことを心から誤り、
きちんと抱きしめてあげて
代わりの盛大なお詫びをプレゼントしてあげたらよいと思います。
物じゃなくても行動でも。
▽あなたを否定するというのは、あなたにはっきり助けを求めてるということ 最初の例もそうなんですよ。
全ての、「誰かを否定する言動」ってのは
「私を認めて、私を肯定して」
「私を無視しないで、私を軽く扱わないで」
っていう、自分の自己肯定感を助けてくれという叫びに他ならないわけです。
すごい矛盾してるんですけど人間は
「自分を認めてもらいたいが為に、相手を否定する」のです。
もちろん相手も否定されたら
「自分を認めてもらいたいが為に、”相手の否定”を否定する」ので
悪循環なのですが、これが当人たちにはわかりません。
▽別に自分が認めてもらいたいから相手を否定するんじゃないよ
相手が間違ってるから相手を否定するんだよ ともいうでしょう。
ところが、どんな場合でも
「自分が認められてて満足してる人は、相手を否定しません」
する必要がないからです。
自分が満足してたら、
相手を傷つけない形で
相手のメンツをつぶさないように
「たとえばこういう提案もあるよ」とか他にいろいろ言い方があります。
だから自分が否定されたとしたら、
それは相手が
「助けてくれ」と
「私を認めてくれ」と
叫んでるのだと思えばまず間違いないです。
▽ここで結論 となると答えは簡単。
「相手を認めて、助けてあげましょう」
相手の重要感が満たされたら、アラ不思議。
「なぜか、一転して自分を認めてくれるようになります」
好循環w
▽ある夫婦の話 ダメ夫は会社でくたびれて、家でもくたびれて、
どこにも気の休まる場所がありません。
そんな状態だから「妻を認める(褒める、感謝する)」ってのは無理な話で
ウツ気味で元気のない人は他人を褒めるという発想はでてきません。
これは悪循環。
妻は別にそんな理不尽で悪妻な発言をしたいわけじゃないんです。
ただ認めて欲しいから、心の叫びで助けてとそんな事を言う。
だから、ただ認めちゃえばいいんですよ。
「毎日ありがとう」
「君の為にプレゼントがあるんだ」
とかで心から感謝、心からねぎらいをすればいいんです。
同じ「ありがとう」も、心がこもってないそっけない義務的なものは、
軽く扱ってるのと同じ。
最初はそれでもひねくれた否定発言をするかもしれません。
でもせっかくの感謝の場で否定発言の応酬はしないでください。
気持ちはきちんと届いてます。
それでも否定される場合は、それだけほったらかした期間が長かったということ。
相手が泣くまで感謝を繰り返しましょう。
別に会ってる間ずっと感謝をしつづけろってんじゃないんですよ。
最低でも1ヶ月に1回”こころから”感謝の念をあらわしてたら
上のような状況には絶対になりません。
それが周1とか、毎日ひと言だけでも全然違ってきます。
もちろん男女逆な場合でもこれは同じ。
そして会社も同じなんです。
日中は高圧的な上司の小言に耐え、
部下の世話を焼き、
リストラに怯えながらハードワーク。
昼食は社食かファーストフード。
働けど働けど報酬は上がらず、
たまに挙げた実績はすべて上司の手柄になり、
自分が自分として認められることは稀。
仕事のストレスというのは全て「上司、同僚」からきてます
ハードワークを押し付けるのは上司ですし
お客さんのクレームを受けて仕方ないと無茶を言うのも上司です。
上司、同僚からのストレスがなければ、
どんなお客さんがきてももっと悠然と構えてられるはずです。
だけど多くの会社では
グチや批判、誰かの陰口というヘドロにまみれています。
こんなヘドロまみれの会社で自己肯定なんてできるわけありません。
このヘドロに耐えるためにエネルギーの70%を消費します。
そんな中で自分を肯定できるとしたら自分の「実績」だけ。
とすると「実績」あるひとはますます「実績」を高め
「実績」がない多くの人は
自己肯定感をひたすら失っていくしかありません。
もちろん
▽それは甘えだ。生き残るなら結果を出すしかないだろう というでしょう。
しかしそれだと実績のない人はヘドロまみれの中、
能力の半分も出せず、ますます実績はでなくなるし、
そのなかから這い上がれるごく一部の人だけでしか会社をまわせません。
もちろんそういう事を言い切れる人は
元々そういう結果を出せる高い人材だけを採用している
優良企業からの視点ですから問題はないです。
だから例えヘドロまみれの会社だったとしても
上司や同僚に感謝の念をあらわしましょう。
▽媚びろ っていうんじゃないんです。
どんな会社や接客業だとしても
本当の笑顔やサービスを向ける相手はお客様じゃなく、会社の仲間たちです。
社内のコミュニケーションが成立してないのに
お客様へ良いサービスなんてできるわけありません。
だから自分のことはとりあえず置いといて
相手をひたすら認めるのが先なんです。
(長時間働けってことじゃなくて、相手のことを尊重しろってことですよ)
とかく人間相手のコミュニケーションの本質というのは
「お互い認め合える」というところで成立しますから
先に自分が相手を認めないとはじまらない。
いくら言葉で論理的に話したとしても
その論理がどんなに正しいものであったとしても
「相手が認めてない」
その自己肯定感が満足してない場合は
絶対にその論理は通りません。
仲間でも、妻でも、会社同士のビジネスでも、子供や、親、ネットでも
誰も論理的な話なんかしてないんです。
認めてない相手は論理的に話しても全然通じないんです。
みんなして自分の自己肯定感を高めるために
「私は!」
というところを強調して、人の話を聞いてないかのごとく
自分のしゃべりたいことをしゃべります。
必至に自己肯定します。
あなたの論理的な意見はぜんっっっっっぜん!関係ないんですよ。
僕の論理的な話を聞いて、そしてそれを認めてくれ!!!!
(いつのまにか俺の本音がw)
コミュニケーションを成立させるには
お互いの肯定感を満足させることにしかないわけです。
論理的な話”だけ”ができるのは
数字が支配する生産開発行程だけでしょう。
商売上の交渉だって論理的な交渉じゃないんです。
お客さんは少しぐらい値段が高くても
自分に向けてくれる笑顔がすてきで、
感じがいい店員のいるところから買います。
営業だってそうです。
自分を高く認めてくれるところにお客は流れるんです。
ディズニーランドやリッツカールトンホテルのスタッフのように
「わたしのためにここまでしてくれるの!」
ってぐらい自己重要感を高められたら、当然またいきますよ。
他より値段が高くても、それ以上に自分を高く認めてくれたからです。
ビジネスマン同士や会社同士の交渉だって
値段の差よりも、相手の信頼度に重きをおきます。
その信頼度だって「どこまで自分のことを考えてくれるか」
という視点から成り立ってるわけですから。
こうなると会社や、家庭、恋人同士で自分を認めて欲しいばかりに
「私が!」
って主張するのはまったく逆効果です。
まず「あなたの意見を尊重します」
というところで相手を「心から」認めて、相手がそれに満足してから
「私はこうしたいと思うのですが」
という主張をしたらいいのです。
ほとんどの場合、同じものを目指す会社、家庭、恋人同士で
「意見が対立する問題」なんてないんですよ。
ほんとに論理的に話あえたら、意見の対立なんてありえません。
対立してるのは「あなたより先にまず私を認めてくれ!」
というところであって、
同じ組織や業界にいて意見がぶつかるというのは
どっちの意見が正しいとかじゃなくて
自己肯定感が満たされてないことへのこだわりが強いだけです。
だから相手の本音のところまで肯定して満足させてあげると
対立してたはずのこっちの意見がすごく通りやすくなります。
とかくビジネス上で
「相手のメンツをつぶさない交渉が勝つ」のはみんなわかってるのに
身内に近くなるほどこれをしなくなります。
身内だからわがままをいいたいんでしょうが、、、
自分が意識してるから、自分がいるんじゃないんです。
他人があなたを意識してるから、あなたが存在するんです。
仮に透明人間のように扱われて誰もあなたを構ってくれないとすると
物理的にあなたがそこにいても、
世界にあなたが存在しないのと同じです。
これは最上級のいじめですが。。。
であるなら、他人を肯定するのが先。
他人を心から肯定すると、はじめてその人からあなたも肯定されます。
それをどんどん増やしていくと
Aさんから見た自分。
Bさんから見た自分。
Cさんから見た自分。
Dさんから見た自分。
E。。。。。。
と、他意識からどんどんあなたの存在が確認されます。
どこまでいっても、自分の存在は他人の中にしかないのです。
他人を肯定して、はじめてあなたという存在が確立されるわけ。
異性をほぼ確実に落とす方法 - あるSEとゲーマーの四方山話
やさしいだけでも、怒ってばかりでもだめ。
自分のわがままはちゃんと言って、その後で相手を思いやるだけでいいんです。
結局他人というのは自分の鏡なんですよ。
他人を満足させるというのは、鏡に映った自分を満足させることに他ならない。
そして人間は鏡を通してしか自分が見えないのだから
その鏡の曇りを取り払ってやることが先。
じゃないと自分が曇りで薄汚れてしまう。
悪循環を好循環に変えるのはったそれだけのことなんですよ。
これを続けていけば、
あなたと同じだけ肯定されるあなたにふさわしい人が回りに集まり
いつまでも否定する人はあなたから離れていくでしょう。
どう曇りを取っても、ゆがんだ鏡もありますから。
その代わり、笑顔にしか映らない面白い鏡もありますw
実はこの現象があるから、否定する人はみんなヘドロのような会社に集まり
否定する同士が付き合い
否定する同士が結婚して
お互いずっと否定しあうってことになるんですよねw
ゆがんだままの鏡同士でもすごく波長があうんですよ^^;
だから他人を肯定できる人がヘドロのような会社に入っても
すぐ出世するか、すぐ引き抜かれるかして同じ場にとどまっていないはずです。
否定する同士が結婚しても、
どちらかが変わって相手を肯定できるようになれば、幸せになれますし
それでも相手が変わらないようであれば、相手が離れていきます。
他人を肯定できる側が幸せな離婚となるわけです。
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- |2007/07/03(火)
理想的なのは、尊敬できる又は信頼できる人がたくさんいることが一番です。・・・だと思います。尊敬できない人間をなるべく認めてあげましょうというのは結構難しいです。
有名進学学校行けば、公立学校の同級生と比べて勉強、夢、外見、内面変わってくるはずです。それは、環境がその人を変えたともいえるのではないでしょうか。つまり自分にあった環境を見つける、又は増やしていくことが大事と思います。
さて、どう見つけるかですが・・・ これがわかれば苦労しません。ただ、見つけた人は、もっと増やして自分自身の幅を広げたらいいと思います。