jkondoの日記 - 自分はもうこれ以上は仕事できない、というところから5回くらいは壁を越えられる気がする
仕事をしていて、
「ああ、今の自分は仕事をしすぎだ、もうこれ以上仕事をしたら体が壊れる」
とか思うことって結構あると思うんですけど、
実際はそう思ってから少なくとも5回くらいは壁を越えられる気がします。
限界っていうのは、ある程度は認知の問題で、
自分の中で「この辺までだろう」
と勝手に限界を作っている部分もあるなあという事を経験上思うのです。
自分の中で、
「よくあれくらいのやり方で限界だとか思っていたなあ」
と過去の自分に対して思うことも多く、その反省を含めて思うのです。
ササクレ屋 「自分はもうこれ以上は仕事できない、というところから5回くらいは壁を越えられる気がする」と考えることの危険さ
◆いや、びっくりした。
非常に簡潔にまとめられた読みやすい文章だけど、
ホントに危険な考えかただと思う。
◆本音を言わせてもらうなら、
近藤さんが「もうこれ以上は仕事できない」と思った瞬間というのは
全部たまたま本当に「まだいける」甘い状況だったのだとしか私には思えない。
その甘さを責めたいわけでそういうふうに言うのではない。
「もうこれ以上仕事はできない」という思いの本当の恐ろしさというのが、
近藤さんの文章からは抜け落ちているように思うのだ。
◆もうこれ以上仕事はできない、というのがまだクリア可能な、
極限ではない状況であることはもちろん大いにあるだろう。
ただ、社長のような偉い人がそれを言っちゃうとどういうことになるか、
近藤さんはそこのところは甘く見ていると思う。
◆偉い人がそれを言っちゃうと、
「本当にもうこれ以上できない」人はどうなるだろうか。
その人の「これ以上」は、
近藤さんが経験したようなまだ余力のある「限界」だと言い切れるだろうか。
略)
◆さらに近藤さんが経験からおっしゃるのなら私も経験から言うけれど、
自分はもうこれ以上仕事はできない、
という場所からさらに頑張ってみたことが私にもある。
そのとき、「休んで能率を上げたほうがよかった」とか
「最初から無理なことを言われていた、自分は悪くないと諦める」とか
「もうできないと言おう」とかいった
「正しい」判断はついにできなかった。
今なら後者のほうが正しい判断だったことを痛感できる。
でも、渦中にいた私にはそんなことはわからなかった。
これ以上できない仕事でもやるしかないときには本当にやってしまった。
もし自分の上司が「まだ壁は越えられる」論調であったとしたら、
大げさではなく私は死んでいたかもしれない。
なにしろ「認知」が誤ってしまうのだ。本当の恐ろしさはそこにある。
さて、私は「壁」を越えられたでしょうか。
あるときは越えたし、成長もしたし、近藤さんの言うような、
「よくあれくらいのやり方で限界だとか思っていたなあ」
と過去の自分に対して思うことだって確かにあった。
だけど本当に仕事の限界というものは、
個人の認知を基準にしてはいけないものではないだろうか。
<てるやん> 仕事を楽しくやってる人は限界突破するともっと楽しい。
仕事を苦しくやってる人は限界突破したら死ぬw
自分が心理的に楽しいか苦しいかで、
限界は個人の認知でも判断できるよ。
以上。
あとがき
近藤さんは、一連のはてなスター対応をやってそう思ったんでないかな?
ほぼ一人で作ったみたいだし、サポートも一人でやったっぽいし、
サービス開始からあのスピードでの対応は相当早かったよ
24時間寝る以外は全部それやってたんじゃないかな?
楽しそうだしw
(最初からそこまで作ってからリリースしろというのはおいといて)
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- |2007/07/31(火)